パソコンと情報化社会のAIの立ち位置の類似性:あなたは使う側?

変わり続ける社会の中で、最も重要な能力というのはどんなものでしょうか。パソコンが使えると嬉しい時代から、使えないと困る時代が来たように、AIもまた同じような立ち位置になるかもしれません。しかし本質的には「学び続ける力」が最強。

シンギュラリティ時代のAIとの働き方とは? (3/3) – ITmedia エンタープライズ”>

未来のために必要な人材と教育

3つ目のテーマ「未来のためにどのような人材と教育が必要なのか」に関しては、経済産業省の伊藤氏が再びリードした。

未来を生きる学びを習慣づける

「今は人 対 AIという構図で語られることが多い。だが、本質は、AIを利用できるのか、できないのかということであり、結果として、AIを利用できる人 対 AIを利用できないヒューマンという構図になる。その鍵になるのが教育である」と指摘。

そして、「日本では、今後、2万校でプログラミング教育が行われることになるが、子どもたちが学ぶプログラミングが20年後に使われているのかは分からない。また、AIはまったく違うものになっている可能性もある。いま、6歳の子どもに何を教育すればいいのか」と疑問を投げかけた。

カーネギーメロン大学のトム・ミッチェル教授は、これに対し、「1つは、歴史や文化などのリベラルアーツを学ぶこと、もう1つは、チームで活動するための学習をすることが大切」と、自らの調査で得た回答を紹介した。

via: シンギュラリティ時代のAIとの働き方とは? (3/3) – ITmedia エンタープライズ

人間が二種類に分かれる

AIだ、情報化社会だと叫ばれる最近。AIにも限界があるとか、いやAIは人間を超えると言ってみたり様々な言説が存在していますね。しかし一つだけたしかなことがあります。それは、いつの時代も「使う側」と「使われる側」が存在するということです。

これは現代だけの話でありません。様々な技術やスキルは持つものを富ませ、持たないものを貧しくさせます。そして現代、これから10-20年くらいの間にAIを使いこなす能力は必須になるだろうということです。

一昔前は、英語が出来るかどうかが仕事における大きなアドバンテージになりました。いまとなってはできないことのデメリットのほうが大きい。それと同じようにAIに関するスキルや知識-すなわちプログラミング能力は大きな武器になるでしょう。

 

パソコンを使える人、使えない人

より具体的な話をするとわかりやすいでしょう。あなたの職場にパソコンを使えない人はいませんか? 何か情報を処理するときに手書きや書類じゃないとダメで、アプリケーションを使えなくて無駄な作業を延々とやっている人。

流石にそういう人は少なくとも、パソコンでのタイピングが苦手な人がいる職場は一昔前にはたくさんいました。昔はよかったわけですが、最近の場合はパソコンが使えないのは職場のお荷物になりえます。テキストで処理したいのに手書きの人がいたらあらゆる作業が滞るわけですから。

それと同じように、今後はAIを使いこなすための技術や知識が当然のように求められるようになりえます。そうすると、そのキャッチアップに遅れるとあなたが昔「なんでこの人は手書きで処理なんかしてるんだよ」と思っていた目線を将来若い世代に向けられることになるわけです。

いつも通りなのか

しかし、このようなことは今まで何度もありました。昔の技術ではついていけない時代が来て、若者が活躍する。それはいつものことです。はるか昔糸織り機が出来た時からの問題です。それでも結局社会はちゃんと回っていく。だからAIのことも問題ない。そのようなスタンスの人も少なくありません。

私はまだ知識が足らず、またAIや情報系が専門ではないので確かなことは言えません。英語だってもう少しで翻訳機が完成すれば最早使えないことのデメリットは激減すると言われています。プログラミング能力もそうかもしれません。

今すぐ身につく能力ではなく、もっと本質的な力-例えば「学び方の力」や「論理力」を養うような教育こそが今求められているかもしれませんね。リベラルアーツと呼ばれる考え方です。

多面的に物事を捉える力を身に着けたいという人は是非読んでみて下さい。

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