なぜ女性はノーベル賞を受け取れないのか

2年連続で女性受賞者がいないノーベル賞ですが、なんと委員会自らそれについて憂慮していると発言。そして5-10年後には女性が増えるだろうと言います。これぞ良い平等のあり方。無理に数字上で帳尻合わせをしても賞の質を下げるだけです。

For the second year in a row, no women were awarded Nobel prizes and the committee said it hopes that will change in “in five years, 10 years”.

Nobel committee officials said there was “concern” after it realised only men had won the coveted recognition yet again.

 

via: Nobel committee says it hopes to see more female winners ‘in 5 to 10 years’ after men dominate yet again | The Independent

 

翻訳

女性の受賞者が二年連続出なかったノーベル賞。委員会は今後5-10年で大きく状況は変わるだろうと述べ、ノーベル賞委員会は男性だけが賞を取ったことについて憂慮していることを明らかにしました。スウェーデン国立アカデミーのゴランハッソンは5年か10年で、賞の配分は随分変わったものになるはずだと述べています。6つあるノーベル賞はそれぞれ別の委員会が決定しており、そのうち3つは女性が委員長であるとも報じられています。

 

男女平等とノーベル賞

二年連続で男性だけがノーベル賞を受賞したことについて、委員会が自らそのことについて言及しています。これは面白いことですね。彼らは賞ごとに委員会を持っており、それぞれ協議して「男女のバランスを整えよう」などとは会議をしないということでしょう。

 

それぞれの委員会は真剣に最も素晴らしい人を選び、その人に賞を与える。素晴らしさに男女は関係なく、素晴らしさが重要である。だから男だらけになっても仕方ないという考え方ですね。と同時に、女性が選ばれないことに憂慮も示す。これは社会からのバッシングを予想してのことでしょう。

しかし、それだけではありません。彼らはこの問題はもうじき解決するというのです。そしてそれまでは男性の受賞が多くて仕方ないとも。なぜなら、ノーベル賞の対象は多くの場合20-30年前の研究であり、その頃は女性研究者が少なかったからです。

 

最近は研究者の間の男女比もめざましく変化しており、この研究成果が評価される頃には男女のバランスも落ち着くだろうというわけです。実際に研究者が少なかったにも関わらず無理に男女のバランスを取ると却って公平でなくなるというわけですね。

一つの公平の立場として十分に理解出来るものです。

 

研究力に男女差はあるのか

よく男性のほうが女性よりも理系に優れているといった言葉を聞きますが、これはどう考えても間違っています。せいぜい言えて「わからない」でしょう。なぜならデータが少なすぎるからです。

非常に驚くべきことに「ノーベル賞受賞者は男性の方が遥かに多い」ことを根拠に男性のほうが〜という人もいます。しかし上述したとおり、研究が評価されるのは20-30年後のことであり、その当時は女性の研究者が少なかった(大学進学率も男女差がかなりあった)のだから能力の比較にはなりません。

いまでも工学部や理学部に男性の方が多いことを指して男性の方が〜という人もいますが、これも教育による変数を考慮していません。大学院まで進学することの多い理系学部に進学することは、就職後に結婚して退社する可能性が高い女性にとって最適戦略ではないからです。

そう思っている家族からのアドバイスや、実際結婚して子育てなどしたらキャリアが途絶えてしまい社会復帰しづらい現状を受ければ理系学部に進学することが女性にとって必ずしも得じゃないのですから目指さない人が多くてもなんの不思議もありません。

つまり、そういう社会的な背景を無視した発言は全て無意味あるいは誤解にもとづいているのです。それは生物学的な性の問題ではなく、社会的な性への抑圧に基いている違いだからです。多い話ですが、セックスとジェンダーは全く別の概念ですから。

 

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