過労死問題を報道するNHK、過労死が起きていたことを隠蔽していた

異常な労働時間と、それによって人が死んでいるという問題について報じるNHKもまた過労死を生んでいたことが明らかになりました。しかも、その事件について公にしないように努力していたようで、それは凄くずるいやり方だと思いませんか。

4年前に心不全で亡くなったNHKの女性記者が翌年、過重労働による労災と認定されていたことが分かった。選挙報道に追われ、死亡直前の時間外労働は月150時間を超えていたという。

電通社員が過労自殺した事件を契機とし、政府は残業時間の罰則付き上限を設けるなど、長時間労働の是正に乗り出している。

多くのメディアが電通事件を通じて過労死問題を報じてきた。公共放送であるNHKは、自社の記者の過労死を伏せて報道を続けていたことになる。

via: 【主張】NHK過労死 もはや例外は許されない(1/2ページ) – 産経ニュース

20171004-OYT1I50027-N

 

過重労働を生む愚かなシステム

働きすぎて死ぬ。こんなに悲しいことがあるでしょうか。働くということは、その活動を通して人生を豊かにするという意味だけではなく、金銭を得て人生を豊かにするという重要な役割があります。

ですから、働きすぎて死ぬというのは絶対におかしいことなのです。働くことを通して幸福に近づくことができないような働き方は絶対に許されてはいけません。

そして、これは個人の問題に帰着するべき問題でもありません。働きたい人はいくら働いてもいいじゃないかという考え方もわかりますが、企業は従業員の健康に考慮する社会的責任があります。

つまり大事なことは、こういう事件が起きてしまった時にそれから目をそらすことではなく、同じような事例が生まれないようにしっかりシステムレベルで対策するということです。システムというのは、個人の意識を変えようといった対策ではなく、労働時間を強制的に調整するような仕事の回し方になるように社内の制度設計から変えるという意味です。

メディアと厚労省の罪は重い

また、このような過労死を生み出しているメディアや厚労省の罪は特別重いと言って良いでしょう。特に過労死の問題を強く追求、弾劾しているような企業自体が過労死を生んでいるなんでブラックジョークにもなりません。

批判するのは得意でも批判されるのは嫌だから隠蔽する。そんな腐った体質のメディアが政治や企業を批判するというのは、もちろん現実問題として理解はできても、やはりずるいと思います。自分達を省みながら批判的に報道する姿勢を持てないジャーナリズムには違和感があります。

更に酷いのは厚労省。官僚の友人がよく言うのは、倒れる人に対して「彼/彼女は体が弱い」という言い方をすること。もちろんそんなことは無くて過重労働のせいなのですが、それを認めるわけにはいかないから個人の責任にするわけです。

まさに、制度レベル/システムレベルで改革をする気が全くない証拠。厚生労働省という名をつけておきながら、ブラック企業や過重労働、そして過労死問題を自分たちが持っているというのがいかにおかしなことかもっと自浄作用を持って欲しいものです。大本がそれじゃ誰にも改善を求められないでしょう。

過重労働という社会問題

なぜ企業や政府は過重労働に対して社会的責任があるのか。答えは簡単です。過重労働、労働時間の異常な長期化は個人だけでなく、波及して社会全体の問題に繋がっていくからです。

家族のつながりの希薄化、恋愛や結婚に割く時間の短縮、教育投資の無駄化など枚挙に暇がありません。労働者を使い潰すということは、社会保障の面でも社会全体にとって大きな負担になっています。

これには企業も政府も本腰を入れて取り組むべきなのは間違いないのに、なぜこんなに長期に渡っていつまでもブラック企業問題はなくならないのか。日本の企業の労働生産性が低いという問題は常にやり玉に挙げられていますが、一体どうしたらよいものか。

一つの魔法のような解決策は無いのでしょうが、企業が社会問題の一翼を担っていることはもっと自覚的になるべきだろうと心から思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です