ロマンティックラブ・イデオロギーと母性神話:恋愛、結婚、子育てを巡る現代の価値観

一生に一度の相手と恋に落ち、結婚して愛する子どもを育てることが素晴らしい、これを無批判に受け入れるなら私達は無自覚に〈ベキ論〉にとらわれているのだろう。恋愛と、結婚と、生殖とが一体であるべきという考え方もまた作られた伝統なのだ。

この連載について

この記事は「生きづらさとジェンダー論を考える」という連載の中に位置づけられる。ジェンダー論とは性に基づく社会的役割規範からの自由を求める思想であり、女性や男性(あるいはそもそもこのような二分法を破壊することも視野に入るだろう)が、その性ゆえに求められるものを浮き彫りにし、その文化的強制力を相対化したいと考えている。

いま、多くの人達が生き辛さを覚えている。僕はその理由の一つはまぎれもなくこのような「べき論」によるものだと考えている。べき論は文化の中に潜り込んでいて僕達を知らない間に縛り付け、抑圧する。そのためにはまずそのような抑圧があること自体を可視化する必要があるだろう。この連載ではあらゆる「ベキ論」をまずは明るみに出していきたい。

連載「生きづらさとジェンダー論を考える」
vol.1フェミニズムの歴史を概観する:第一波フェミニズムとはなんだったのか
vol.2フェミニズムの歴史を概観する:第二波フェミニズムとはなんだったのか
vol.3ジェンダーを巡る:近代家族という発明品と伝統の構築
vol.4ロマンティックラブ・イデオロギーと母性神話:恋愛、結婚、子育てを巡る現代の価値観
vol.5結婚への圧力が消えた社会の未婚化→少子化とジェンダー
vol.6女性の専業主婦願望の難しさ、男性が共働きを求める理由
vol.7「LGBTは気持ち悪い」記事から見える【元】マジョリティが認めたくない現実
vol.8パートタイムと非正規雇用:女性の労働問題からすべての人の労働問題へ
vol.9海外で上映が一部禁止!? 男性の権利についての映画『The Red Pill』、日本上映の立役者にインタビュー
vol.10女性の労働、ガラスの天井と能力主義の嘘
vol.11フェミニストが男性の権利を直視するドキュメンタリー映画「The Red Pill」を見て

 

ロマンティックラブ・イデオロギー

なんだか華やかな響きと「イデオロギー」という政治的なワードが組み合わされていると違和感を覚える人も多いでしょう。ロマンティックラブ・イデオロギーとは「一生に一度の相手と恋に落ち、結婚して愛する子どもを育てることが素晴らしい」とする価値観のことです。

1990年代に性に関する様々な規範は大きく転換することになったのでこのような考え方に対して古臭いと考える人も少なくないでしょうが、多くの人がなんとなく共有している価値観であることもまた事実でしょう。

結婚後の恋愛は基本的にタブーですし、できちゃった結婚をするのはまさに出産や子育てと結婚がセットであるという認識があるからです。

一見、当たり前というか平凡なことを言っているようにも見えるこれがなぜイデオロギーと呼ばれるのか。それは、恋愛と結婚と生殖(と育児)とをセットに捉えているところにあります。実はこれは決してこれまで人類の常識だったものではないのです。

イデオロギーというのは社会制度の背景に隠れることも多いので、最早常識と化している様々なことも実はイデオロギーによって生み出されていることがあります。恋愛-結婚-生殖についてもまさに同様のことが起きているのです。

恋愛、結婚、生殖

元々恋愛と結婚というのは必ずしもセットではありません。個人の意思というよりも家による意思決定であった時代の方がはるかに長いのです。近代になって個人の権利が急速に認められる中で、お見合い結婚から恋愛結婚に流れが移ったのは戦後1960年頃になります。

一生に一度の相手と結ばれることが尊ばれるようになるのはこのような恋愛が人生において重要な立場になったからこそです。そしてそれゆえ、性関係などもまさにこの二人の間の中で閉じ込められることになりました。それまでは例えば娼館での遊びは「粋」なこととすら考えられていたことを思えば大きな変化になります。

ロマンティックラブ・イデオロギーの二重性

しかし、ここにロマンティックラブ・イデオロギーの明確な矛盾があります。それは、男性と女性に対する適用される基準が全く異なるというところにあります。男性は出来るだけ多くの性体験をすることが良いことであるかのように社会的に評価されるのに対し、女性のそれに対する視線には明らかに嫌悪が交じるのです。

一対一の関係を尊ぶと言いながら、男性にはゆるく、女性には強くそれが押し付けられているのですから、このイデオロギーが矛盾に満ちていることはすぐにわかります。

この男女間の二重性に留まらず、女性に対しても二重の基準が適用されます。それは婚姻関係にいる女性と、そうでない女性とに対する基準の違いです。婚姻関係にないにも関わらず性関係を持つ女性は、このロマンティックラブ・イデオロギーからあぶれてしまっています。彼女らは保護されず搾取される立場に立たされます。

そして、そのような女性が生まれる理由というのはロマンティックラブ・イデオロギーを持つ男性との関係性によるものです。このイデオロギーに逸脱するような行為をする男性がいなくては、このような女性は生まれ得ない。このような二重性の欺瞞に対して違和感を覚えている人も少なくないでしょう。

一対の異性愛者を特別扱いするイデオロギー

これまた現在のイデオロギーを前提とする人には違和感があるはずですが、このような考え方には一対の異性愛者を特別扱いするという帰結が当然導かれます。一生に一度ですから複数の関係は許されません。また生殖と子育てが関わるので同性愛者は含まれません。結婚という社会制度はこのイデオロギーを支える重要な基盤です(だからこそ同性婚というのは今のイデオロギーでは認めがたい)。

よく知られるところですが、日本にも同性愛文化はありましたし、それはギリシャもイスラームも同様です。ロマンティックラブ・イデオロギーはそのような価値観を真っ向から否定し、暗に生殖と恋愛とを強く結びつけている役割もあるのです。また、日本ではあまり主張を聴きませんがポリガミー(複数人との恋愛関係を良しとする考え方)の人からしても、このようなイデオロギーとは相性が非常に悪いものとなっています。

母性神話というイデオロギー

このように、一生に一度の人と愛し合い子どもを産み育てるという価値観が同時に内包していたのは、母性神話という価値観でした。近代になって個人の自由意志が認められるようになるタイミングは、都市化のタイミングでもあります。すなわち、男性が外で仕事を、女性は家で家庭のことをという性別に基づく家庭内役割の分担が急速に進められたタイミングです。

ここで、急に女性にだけ育児に関わるあらゆる責任と権限が与えられることとなりました。これは決してそれまでの時代に自明なことではありません。例えば1780年代のパリでは21000人の子どもの内、母親に育てられたのはわずか1000人。残り1000人は住み込みの乳母が、残りは遠く離れた雇われ乳母に里子に出され、5歳くらいになって働けるようになってから親元に戻されたと言います。

また、日本の江戸時代であっても、母親に期待された役割は出産であって、子育てはむしろ父親がやるという文化も当然にありました。良妻賢母という言葉が生まれたのは1870年代頃。3歳児神話(3歳までは子どもは母親の手によって育てられる方が良い)というのも1960年に発明されたものです。現代では合理的な根拠はないと否定されています。

母親が育てるのが一番だ、という価値観はわずか数十年程度のものであり、しかもその合理的な根拠が無いと言われている側面も少なからずあるのです。これは現代の人にとっては驚くべきことです。父親より母親と一緒にいるほうが良い、当然、当たり前だとする考え方はロマンティックラブ・イデオロギーの中で自明の前提とされてしまいがちだからです。

いま揺れ動くイデオロギーと制度

さて、このように見てみると私達が自明の前提としていることが実は近代に発明されていった価値観であることがわかってきます。そして結婚制度などはまさにこのような発明された価値観によって裏付けられていることも確かです。一対の異性関係だけを優遇する結婚は税金の面でも様々な優遇が受けられます。

では、このようなイデオロギーが揺れ動くと何が起きるのか。それは制度と実際に生きている人間との強い摩擦という形で現れます。男性が稼ぎ、女性は家庭のこと。それが良いとされる社会環境もイデオロギーも壊滅的なダメージを受けています。にも関わらず、会社の昇給制度や報酬制度はこのイデオロギーの変化に対応できていません。

結婚制度はいまだに一対の異性愛者同士のものに限定されており、その優遇もその関係にだけ付与されるものとして機能しています。婚外子についてもその取扱が厳しく(家、結婚、生殖の一体)、最近まで遺産相続においても明確な差別がありました。

連載「生きづらさとジェンダー論を考える」では、まさにこのような性やジェンダーに基づく生きづらさというのを、前提とするイデオロギーとそれに基づく制度が、現代に合わなくなってきていることを指摘するものになるのではと考えています。

これからしばらく、この連載を通して社会制度とイデオロギー、そして現代の人が感じる違和感について描いていきたいと思っています。

連載「生きづらさとジェンダー論を考える」
vol.1フェミニズムの歴史を概観する:第一波フェミニズムとはなんだったのか
vol.2フェミニズムの歴史を概観する:第二波フェミニズムとはなんだったのか
vol.3ジェンダーを巡る:近代家族という発明品と伝統の構築
vol.4ロマンティックラブ・イデオロギーと母性神話:恋愛、結婚、子育てを巡る現代の価値観
vol.5結婚への圧力が消えた社会の未婚化→少子化とジェンダー
vol.6女性の専業主婦願望の難しさ、男性が共働きを求める理由
vol.7「LGBTは気持ち悪い」記事から見える【元】マジョリティが認めたくない現実
vol.8パートタイムと非正規雇用:女性の労働問題からすべての人の労働問題へ
vol.9海外で上映が一部禁止!? 男性の権利についての映画『The Red Pill』、日本上映の立役者にインタビュー
vol.10女性の労働、ガラスの天井と能力主義の嘘
vol.11フェミニストが男性の権利を直視するドキュメンタリー映画「The Red Pill」を見て

 

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