ミサンドリー(男性嫌悪)とフェミニズムを一括りにしてはいけない

【2018.06.11追記アリ】「男性を憎む」こととフェミニストであることは全く別のことであるはずなのに、なぜミサンドリー(男性嫌悪)の人は自分をフェミニストと自称するのか。ジャップオスなどの呼称を使うなら、もう権利の主張を越えている。

【この記事への批判を受け、それに応答する記事を公開しています。是非そちらも御覧ください】

ラベリングの力

ラベリングというのは本当に恐ろしいパワーがあると思う。男性一般、女性一般を語る時にどれだけ多くの例外がそこにあるかを考えればすぐに分かる話である。人はみんな論理的である、という言説がほとんど無意味であるように「女性は感情的である」といった言説もよく意味がわからない。

そこに当然ある大量の個人差を、そしておそらくは男女の差よりもよほど個人差の方が大きいのに簡単にラベルでカテゴライズして説明出来ると思っている事自体が恐ろしい。世の中は複雑なのに単純化して語れると思うことは実に怖いことだと思う(傍論だが、特定の国籍の人間に対するラベリングも同様だ)。

そんなわけで、フェミニストという大きなラベリングにも注意をしなくてはならないと僕は思う。その中にもたくさんのパターンがあって、それぞれ結構別の価値観を持っていたりするからだ。

ミサンドリーという言葉

恥ずかしい話だが、僕はここ2ヶ月ほどtwitterをやるまでミサンドリーという言葉を知らなかった。それは単なるカタカナの羅列であって、すぐにその意味を飲み込むこともできなかった。

男性への嫌悪あるいは憎悪[1][2]男嫌い(おとこぎらい)・男性嫌悪(だんせいけんお)・男性憎悪(だんせいぞうお)などともいう。

男性への性差別、中傷、暴力、性的対象化[3]など様々な表現に使われる。対義語にはミソジニー: misogyny)という語がある。-wikipedia

こういう意味らしい。そして、一部のフェミニストと呼ばれたり自称する人の一部は明確なミサンドリストであるとも思った。ジャップオスと罵ってみたり、男はみんなクズと言ってみたりする。非常に過激な怒りと、それを雄弁に語るだけの罵詈雑言が用いられていた。

ごく控えめに言って、それらの発言はヘイト的で暴力的で、凄く良くない(逆も然りで、僕は人生で一度もみたことのないレベルのミソジニスト:女性嫌悪の人たちもtwitterで見ることになった)。

なぜ良くないか? それにはもちろん様々なレベル感があるが、1つはフェミニズムの一派として認識されることでフェミニズムのイメージが極めて悪くなることである。

【2018.06.11の追記】

このことについて、僕自身がフェミニズムに強くコミットしていないにもかかわらず、フェミニストをジャッジするような発言をしたことについては複雑な思いがある。一般論として過激な発言は強烈な感情的抵抗を生むものであって、それが運動において必ずしも有益だとは考えないから。

とはいえ自分が主体的にフェミニズムのために運動していないものがわざわざそれを遠くから上から目線でジャッジしたことについて、反省をしています。こちらに批判への応答をまとめた記事を書いています。

フェミニズムとミサンドリーの違い

フェミニズムは別に男性嫌悪を前提としたり、当然の基盤としてはいない。フェミニズムは大雑把に言って、女性という社会的性に基づく抑制からの解放を目的としていると言っていいだろう。古くは選挙権の獲得(つまり奪われた人権の奪回)という文脈で生まれているのだから。(この辺のフェミニズムの歴史はちゃんと追いたい)

男性への怒りを持っている人もいるかもしれないが、それはフェミニズムの十分条件でも必要条件でもない。過激な発言に対して噛み付く人たちの中には「フェミニストは差別主義である」といった反応も見られる。あれだけ言われたらそう感じるのもよくわかる。

なので、自分のことをフェミニストだと考えている人の中でミサンドリーだと自認を変えることの出来る人は、そのように自称するほうがよりわかりやすいので是非変えるべきだと思う。不要なラベリング争いを避けるために良いだろうし、ミサンドリストがそう自称しない理由は単にこの名前を知らないだけなのではとも思うのだ。

フェミニズムは男性を貶めるためにあるのでもなければ、差別的に取り扱いたいわけでもない。本来的に見ているのは女性という性の解放であって、その結果や手段の中にそのようなことは起こりうるかもしれないが、それを少なくとも目的にはしていない。

そしてフェミニズム的な思想や行動や制度の中に男性差別的なものはありえるだろうし、だからこそ僕は以下のような記事を書き、ジェンダー論者としてそのような差別にも反対したいと思う。

多くのフェミニストの人は男性差別に対しても「それもまた逆の形での差別であり良くない」と思っているようには思うが、フェミニストと名乗る時にどうしても女性性が前面に出されることは事実であるので、ここではこのような立場をジェンダー論ととりわけ強調して使いたい。

【2018.06.11の追記】

このことについて、フェミニズムとミサンドリーを安易に切り離そうとすることについて極めて強い批判を受けた。こちらに批判への応答をまとめた記事を書いたが、確かに現代社会(SNSを例に見てみても)かなり強烈なミソジニー発言が広がっており、また女性がフェミニズム的な発言をするとミソジニー的男性が過激に応答することが日常的に見られている。

女性の性器呼びなど、にわかには信じられない(成人男性がそんな言葉を使って恥ずかしくないのか、と驚くとともにかなり軽蔑したくなるような)ことをする人たちも多く、セクハラや痴漢問題も被害者が責められる社会の中で、安易にミサンドリーとフェミニズムを切り離すことは極めて難しいことについて認識を新たにした。

ジェンダー論者として

性別に基づくあらゆる抑圧に対して反対する、それは男性差別も許容せず女性差別もまた許容しないという立場である。僕はこのような立場を取って今後様々なことを考えてみたいと思う。もちろん、そもそも男女という安易な括りで物事を考える危険性についても考えたいので、本当はもっともっと良い名前や定義があるかもしれないのでこれは暫定版としておこう。

ジェンダー論に関する論文、書籍、統計データなどについてオンライン上で共有するためのslackチャネルを作ったので(slackを使ったことのない人はこちらを見てみて欲しい)関心のある方は是非こちらのリンクから参加して欲しい。

One thought on “ミサンドリー(男性嫌悪)とフェミニズムを一括りにしてはいけない

  • 2018年6月4日 at 5:41 PM
    Permalink

    ウィキのミサンドリー項目は間違ってるので、鵜呑みは良くない。
    フェミニズム、フェミニストの内容も辞典で女権拡大と明記されてて英語圏の辞典と違うことが問題になっているから。
    まずミサンドリーが何に対して怒ってるか、口汚いかを辿ること。ミソジニーがどんな攻撃や押し付けを女性性、女性に行ってるか、Twitterは分かりやすいからよく読むこと。
    なぜフェミニズムが女性の運動か知ること。

    Reply

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